1・ケーキの味
基本的に男ってのはワガママな生き物で、自分のオンナにするにはやっぱり
自慢できる魅力的なコがいいんだけれど、誰かに手を出されるのはこの上なく
面白くないものなんだ。
だけど女だってそうだろ?
彼氏をブランド物か何かと勘違いしていらっしゃるヤツらも驚くほどいるし、
なのに自慢して歩いて他の女に取られたりしちゃったら、それはもう、たとえ
親友だったとしてもボロクソ言いやがるんだ。
結局ヒトなんて独占欲に溢れ慢心する事に快感を覚える醜いモノ。
それが人間らしいと思ってしまう時点で、実は悲しいことかもしれない。
なんて色々並べ立ててみたものの、要は今自分がしている行為にそれっぽく
理由を付けたいだけだったりするんだけれど。
今、俺は放課後の校舎裏で、自分の彼女が告白されているシーンを覗き見て
いる。
相手は…ありゃー、多分この春入ったばかりの一年生だな。
同級生や先輩だったら、この最強カップルを知らないヤツなんていないだろ
うし。
最強カップルっていうのは、言うまでもなく俺と彼女の事。
自分で言うのもなんだけど、俺ってかなりカッコいいんだ。その上成績も全
国二位の秀才、運動をさせればこれまたそつなくこなす。しかも日本でトップ
クラスの大企業の社長令息。
こんなドラマや漫画の世界みたいなオイシイ生き様の俺が、なんでこうして
覗き見なんて女々しい事してるかって?
そりゃ、俺の彼女は俺以上に漫画の世界を具現化した女だからだよ。
驚くなよ?
まず、そこらのアイドルなんかよりずっと美人だ。透き通るような白い肌、
大きな瞳にばっさばっさ長いまつ毛。スタイルも…こう、モデルのような、だ
けど色気もあるような、魅惑的なもの。そして艶やかな長い髪は緩くウェーブ
がかっていて、気品溢れる容姿。
それに、さっき俺は全国二位の秀才って言っただろ? その理由は悲しいか
な、一位は彼女が一度たりとも他の誰かに譲った事がないからなんだ。
しかも運動神経抜群。武道だったら色んなモンの有段者だし、陸上とかあら
ゆるところでその名を残しているまさに超人。
かと思えば茶道や華道、ピアノみたいなお嬢さん的な事も当然のようにやっ
てのけるし、料理の腕もピカイチ。
そして、俺の親父が社長を務める会社の親会社の会長は、彼女の親父さん。
そう、容姿端麗・文武両道の彼女は会長令嬢なんだからまさに本物のお嬢様。
「ふざけんじゃないわよ」
おっといけない。今は彼女が告白される場面を見ているところだった。
聞いての通り、あえて彼女の欠点を挙げるなら口が悪いところかな?
そんなの、俺にとっちゃ別段気にする要素ではないんだけれど。
「何か…俺、気に障る事言いました?」
「何かって…アンタ馬鹿でしょう?」
「ば…っ!? 確かに常盤さんからしたら俺なんて馬鹿かもしれませんが、こ
の学院に居る時点でそれなりの学力は…――」
「だから馬鹿なのよ。私はアンタの学力なんてどうでもいい」
「じゃあ…」
「私の事が好き? 私の何を知ってドコがどう好きなのよ? 言っておくけれ
ど、私はアンタの名前すら知らなかったわよ?」
「それは、常盤さんは有名人ですから。頭も良くて美人で、ひと目見たときか
ら好きになっていたんです」
「私がどんな性格か知っているの?」
「いつも自信に満ち溢れ、気高くて、気品溢れる完璧な…」
「アンタは食べてもいないケーキを見た目だけで美味しいと思い込んでいるだ
けよ。華美なデコレーションに過剰な期待をしているの。食べてみて初めてそ
のケーキを好きか嫌いか判断出来るのよ。そのケーキを好きだと言うためには
食べて知ることが必要。もしかしたら本当に美味しいと思うかもしれないし、
自分にはあまり美味しくないと感じるかもしれない」
彼女は冷たい目でその一年生を一瞥し、背を向けた。
「人を好きになるには中身を知った上での理由が必要なのよ」
彼は呆然と佇んでいる。まぁ、当然か。憧れていた女性にあんなに容赦なく
振られたんだから。きっと彼女に対するイメージとのギャップに戸惑っている
はずだ。俺だって、初めはもっと大人しいだけのお嬢さんだと思っていたけれ
ど…――――
「覗き見なんて悪趣味ね、駿」
「うわぁっ!? み、魅綺…き、奇遇だねぇ」
「馬鹿。ずっと見てたの知ってるんだから」
俺は気付かれてるなんて知らなかったぞ。
「…可哀相に、少年。ずっと魅綺に憧れてたんだろうに」
「あら、じゃあOKすればよかった?」
「ごめんなさい、強がりました」
「心配だったから覗いてたんでしょう? 素直に言いなさいよね」
魅綺に嘘はつけないなぁ。
でも、心配に決まってるじゃないか。可愛い可愛い俺の彼女だぞ。こんなに
モテるんだぞ。それに…
「それに?」
「エスパー!?」
「全部声に出てた」
「…はは。それに、魅綺…絶対彼氏がいるからって言わないから…」
帰宅部同士の俺らは自然に並んで校門を出た。
もう風が冷たい。ちょっと前まではこの時間はまだ明るかったはずなのに、
もう今はオレンジからネイビーブルーに変わり始めている。今日は金曜だから、
毎週の決まりでこのまま俺の家に帰ることになる。週末は二人で過ごす。平日
も毎日一緒にいる。なのに魅綺が俺を彼氏だと公言したのを聞いたことが無い
というだけでこんなに不安だ。俺は本来もっと自信満々な性格だと思っていた
のに。
「…俺が魅綺の味を知って好きだと言った。魅綺にその理由を受け入れてもらっ
て付き合い出した。魅綺は俺のドコが好きなんだ?」
「…あ、今日駅前のスーパーでお醤油が安いの。もうすぐ無くなるでしょう?
寄って帰りましょうよ。それに今夜のおかずも決めてないし」
「…あぁ」
手を繋ぐのも、キスをするのも、抱きしめるのも、全部俺からの行動に魅綺
が応えてくれているだけ。俺がもしこの手を離したら、魅綺は何処かへ行って
しまうのだろうか?
すれ違うカップルが楽しそうに笑っている。彼の腕に絡みつくように彼女が
ぴったりと寄り添っている。上目遣いで夢中で彼に話しかける彼女と、幸せそ
うに答える彼。俺と魅綺は最高のカップルだと思うのに、改めて周りを見てみ
て、初めて他のカップルが羨ましいと感じた。
「やっぱり魅綺の作るご飯が世界一旨いなっ」
「ありがとう。駿くらい美味しそうに食べてもらえると作り甲斐があるわ」
魅綺が微笑んでくれる。本当に美味しいと思っているけれど、それ以上に魅
綺のこの顔が見たくて俺はいつも褒めるんだ。
「ねぇ、駿…明日なんだけれど、何するかもう決めてた?」
「いや、特に…何かDVDでも借りてきて観るかなぁくらいにしか考えてなかっ
た」
「じゃあ、付き合って欲しいところがあるの」
休日にしたい事を魅綺が提案してくれるのは初めてだ。
「おっ? 何処だ〜?」
「ふふふ、内緒」
「じゃあ楽しみにしてるよ」
あんまりデートらしいデートをした事がないからかなり楽しみだ。どんな恋
人イベントがあるのだろう?
そしていつものように並んでキッチンに立ち洗い物をする。魅綺が手際よく
食器を洗い、俺が慣れない手つきでそれを拭く。魅綺は厳しい言葉を浴びせつ
つもなんだかんだ甘いから、俺は茶碗一つ拭く事すらまだ上達しない。
洗い物が終わる頃、俺は毎週欠かさず観ているテレビ番組にチャンネルを合
わせる。その間に魅綺が風呂に入る。魅綺が風呂上がりに髪の毛を乾かしたり
している少しの時間で俺のバスタイムは終了するから、寝る時間は合わせる必
要も無く揃うんだ。
「おやすみなさい」
信用されている嬉しさと、男として意識されていないのかと思う切なさで複
雑な心境のまま消灯。一般的な一人暮らしの部屋だから俺の寝室にはシングル
ベッドしかない。当然のように隣に横になっているのに、腕枕すら出来ないで
いる俺がチキン過ぎるのだろうか? いや、だけどまだ付き合って日も浅いし
…それでも触れる肩から伝わる体温や洗いたての髪の匂いに高鳴る鼓動も隠せ
ない。
「…魅綺」
「――…ん?」
「俺さ、魅綺と再会して、こうして付き合えるようになって、本当に嬉しいん
だ」
「何よ…改まって」
「…いや、わかんないけど言いたくなっただけ。おやすみ」
「おやすみなさい…」
明日はデート。きっと楽しい一日になるんだ。今日だって昨日だって楽しかっ
たんだから。楽しいならそれでいい。これ以上を望むのはきっとまだ早い。
土曜の朝ってどうしてこう気分が良いんだろう。やっぱり連休の始まりだか
らだろうか? しかも雲ひとつ無い晴天。かなりテンションも上がる。
「平日もこれくらいスッキリ目覚めたら良いのに」
朝が弱い俺を毎日起こすのは魅綺の仕事だから、毎週決まって土日は魅綺と
同じくらいに目覚める俺に少し冷たい。
「ホラ、だって平日は夜更かしだからさ」
「もう…」
そう、魅綺は天才じゃなく秀才。いや、その努力する姿勢とそれが実ってい
る実績は天才の域なのかもしれないが、勉強せずに成績が良いわけじゃないの
を俺は知っている。毎日の勉強時間は俺の睡眠時間とどちらが長いだろう?
だから本当は、それこそ朝起きるのがツライのは魅綺の方だろう。だから週末
くらいはゆっくり休ませたくて、半ば強制的に俺の家で過ごすよう提案したの
だ。あるいはそれが魅綺の勉強の邪魔になっているのかもしれないけれど、や
る事のない休日は一緒に勉強をする事もあるし、少なくとも俺と付き合う前よ
りは息抜きも出来ていると思う。
俺はというと、やっぱり魅綺に負けっぱなしじゃカッコもつかないから魅綺
が勉強しているであろう一人の時間は出来るだけ教科書と睨めっこしている。
「それにしても、魅綺…今日はまた一段と可愛いな」
「やめてよ、可愛いなんて言われて嬉しい歳でもないわ…」
だけど可愛いと思ってしまうモンはしょうがない。ミニスカートからスラリ
と伸びた脚が眩しい。
「…ってコラ!」
「何よ?」
俺がドキドキするって事は、その辺の知らない男も魅綺の抜群のスタイルを
晒した服装に目を奪われるわけで…
「…魅綺、今日はまた短いスカートだな」
「そう? 制服と変わらない長さだと思うけれど」
言われてみればそうかもしれない。ただ、私服と制服じゃ見る目も違うしだ
な。
「駿はこういう服、嫌い?」
「…す、好き」
「ならいいじゃない。良かった。駿が好きかと思って選んでみたのよ」
なんだこの可愛い生き物は。こんな事言われたら嬉しいじゃないか。
「ねぇ駿、今日はこの前着ていた茶色のジャケット着てよ。中は白のシャツで」
「ん? いいけど」
「私の茶のワンピースに白いコート、駿の服と合わせてみたの」
「……っ」
「なぁに?」
「いや…じゃあそれ着るよ」
なんだか今日の魅綺はいつもと違って…なんだ? 普段より素直というか毒
がないというか、キュンとくる事ばかり言ってくる。
「今日は沢山歩くわよ。天気が良くて本当に良かったわ」
「お、おぅ…」
言われたとおりの服装で魅綺と街を歩く。ペアルックとは違う、だけどなん
となく色の揃った二人の服は、周りから見てどうだろう? 仲が良いと思われ
るだろうか?
「珍しいな、この辺の商店街を歩くの」
魅綺はお嬢様育ちの割には庶民的な行動が多い。
昨日みたいにスーパーの特売をチェックしていたり、街角で配るティッシュ
を貰っていたり。家から学校だって、片道1時間は掛かるのに徒歩で通ってい
る。通学以外でも、魅綺が乗り物を使う所を見た事が無い。
そんなわけで、俺の家の周辺の商店街にはよく一緒に買い物に行くのだが、
ここはもう少し中心街に近い場所。あまり二人で来た記憶は無い。
「行きたいところがあるの」
昨夜もそんなような事を言っていた。一体何処なんだ?
「着いたわよ」
そこは、店の外からでもガヤガヤと騒がしいのがわかる店。
「…ゲーセン?」
魅綺が来たいなんて言うとは思わなかったから、ちょっと驚いた。
「そ。入るわよ」
中高生で賑わう店内をスタスタと歩く魅綺。クレーンゲームに目を留めるわ
けでもなく、メダルゲームも気付かないかのように通り過ぎ、辿り着いたのは
写真シール機の前。
「一緒に撮りたいの…」
「え?」
「い、イヤなら別にいいんだけど…ッ」
照れる魅綺がとても可愛い。イヤなわけないじゃないか。俺も男だから自分
から言いにくかったけれど、実は魅綺と撮りたいと思っていた。
「そんなことない。嬉しいよ。撮ろう」
「よかった」
カーテンの中に二人で入る。フレームや写り方を選ぶ時に振り向く魅綺の顔
が近くて、なんだかいつも以上にドキドキする。
「どれにする?」
「じゃあ、ラブラブっぽくこのハートのフレームにしようぜ」
冗談っぽく言いながらも、結構本気だったりする。
「OK。じゃあ、これ…っと」
機械がカウントダウンをする。数字が小さくなるほど、魅綺がぴったり俺に
寄り添う。
どうしよう、照れる。
「もう! ちゃんとカメラ見なさいよね!!」
魅綺に怒られて画面を見ると、ボケッと魅綺の方を見ている俺が写っていた。
魅綺は珍しく笑顔を見せているのに。
「悪い悪い…次は気持ち悪いくらい笑ってやるからな!」
「それはやめて」
「…はい」
数枚撮影してラクガキコーナーに移動する。思ったより魅綺がノリノリなの
が嬉しい。まぁ、誘ってくれたのは魅綺だから当然かもしれないんだけれど。
「あ、出てきたわよ」
「おっ、どれど…――――」
出来上がったシールを見て、俺は驚きと喜びが混ざった感情でフリーズした。
魅綺がラクガキした方のシールは画面で全く見ていなかったから気付かなかっ
たけれど、ハートのフレームの写真には、可愛らしいお遊びシールには似合わ
ない魅綺の綺麗な字で“駿♥魅綺 付き合って半年記念日”と書かれていた。
「…今日…」
「忘れたなんて言わせないわよ。今日は…駿が突然私の前に現れて、散々付き
まとってきた挙句付き合おうなんて言い出して…私が折れてから半年なのよ」
「――…はい」
「あ、ち、違っ…」
「ん?」
「い、言い方が悪かったわ…そんな事言いたいんじゃないのよ。言い直すわ」
魅綺は少しだけ緊張した面持ちで俺を見た。
「今日は、駿と付き合える事になって、半年なの。本当は…駿が付き合おうっ
て言ってくれた時、すぐにでも頷きたかったくらい…ずっと前から、きっと私
の方が…駿の事、好きだったのよ」
思わぬ告白に目を丸くした俺に、ゲームセンターの中、人が沢山居るのに…
魅綺は俺に口付けた。
「……!? み、き…」
人前だという事を思い出し慌てて離れる俺に、魅綺は更にキスをしてきた。
通り過ぎる人が見ている気がするけれど、そのまま俺も応えた。
「不安にさせて…悪かったわ」
「え?」
ゲーセンから出て、ランチをしようとレストランに向かう途中、魅綺はポツ
リと呟いた。
「手も、私からも繋ぎたかった。気持ちも、伝えたかったけれど…いざ駿を前
にすると巧くいかなくて…」
そして、俺から繋いでいる手をぎゅっと繋ぎ返してきた。
「嫌がられたらどうしようとか、迷惑じゃないかとか…考えるほど動けなくて。
だけどそれで駿が不安に思っていたなんて、申し訳ないわ」
「魅綺にしてもらって嫌な事なんて何もないんだからな。俺の気持ちをなめん
なよ?」
「……」
魅綺は照れたように微笑んだ。
それだけで、最高に嬉しかった。
唇に残る魅綺の柔らかさ。繋いだ手から伝わる魅綺の温かさ。
今まで知らなかった幸せな感情が溢れてくる。俺のそんな浮かれた気持ちを
悟られないように、ギュッと手に力を込めて少しだけ歩く速度を上げた。
「腹減ったな。何食う?」
そう訊ねつつ、本当は魅綺という甘いケーキを味わった後で満たされている
んだけれど。
魅綺はいつから俺の味を見てくれていたのか。
それは今夜にでもじっくり聞き出そうと思う。